上久保敏「悲観的経済学者難波田春夫」『日本の経済学を築いた五十人』

 難波田春夫自身の論文・著書の解題とは別に、今回は難波田春夫を論じた論文の紹介をしたい。

 今回は、上久保敏の『日本の経済学を築いた五十人――ノン・マルクス経済学者の足跡』(日本評論社、2003年)で取り上げられた「悲観的経済学者難波田春夫――『経済の危機』と『近代の終焉』」を紹介する。

いろいろな意味で危機管理のあり方が問われる時代となったが、経済の危機といえば、難波田春夫の名前が頭に浮かぶ。彼は生涯を通じて近代社会は資本主義体制に潜む危機の本質を見極めようと努め、警鐘を鳴らしてきた。時に悲観的経済学者と呼ばれる難波田の問題意識を探ってみたい(p.179)。

 論考はこのような文章からはじまり、難波田の経歴と彼がおかれた時代状況、戦前と戦後の思想の比較などが簡潔に説明されている。

 簡単にいえば、戦前の難波田の思想の特徴は、「資本主義の矛盾を克服するための国家の理念の探求」と、「国家と経済の根底にある国民共同体の発見とその称揚」だといえよう。前者は戦前「洛陽の紙価を高めた」といわれた『国家と経済』の第一巻から第三巻までで追求され、後者は同書第四巻ではじめて「国民経済三重構造論」として提示された。

 戦後の難波田に関して、上久保は難波田独自の「自同律と相互律」という哲学的視座をベースに論じている。自同律とはつまり「AはAである」という、物事をばらばらに独立して捉える分節的思惟の論理であり、相互律とは「Aは非Aなくして存在しない」という実在の世界の論理を指した用語である。上久保はこれを「経済の自由は国家の規制なくして存在しない」という、戦前からの難波田の思想の一貫性として指摘している。

 限られた紙幅のなかで多くの経済学者の経歴や思想を紹介する本書の特徴から考えると、この難波田経済学や難波田哲学の要約は理解できる。ただし、戦前の難波田の「三重構造論」は、「国家・経済・共同体」の三重構造を直接的には意味しており、「家・郷土・国体という共同体の三層構造」とは異なる。戦前の『国家と経済』第四巻のポイントは、この三層構造を包摂した三重構造論であるということが、本文からは読み取りにくい。

 また、戦後の難波田哲学に関しても、上久保は戦前からの連続性を強調するあまり、戦前と戦後の「共同体」の視点の違いを無視してしまっている。戦前の彼の「共同体」は「天皇を中心とした理念としての国民共同体」を意味していた。これに対して、とくに前野書店版の『国家と経済』(1969年)以降の難波田の考える「共同体」とは、「Aと非Aがともに存在する場としての実在の共同体」であり、それは私たちの分別的思惟によっては捉えられない。そのため、その「共同体」とは「いたるところにあるが、どこにもない」としか言えないような哲学的思惟によって捉えられる「場」のことである。

 以上のような難点をもつものの、難波田の業績を含めて、その全体像を紹介している本稿は、一般向けに難波田春夫について知るための非常に良い導入になりうる。私も、学生に授業で難波田を紹介するときには、まずこの論文を読むように勧めている。

文:廣重剛史

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